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早くこっちへ来い。
早く。


「あの」

暗い闇の中、コウキは声をかけられ振り向いた。
いつの間に接近していたのか。1mも無い真後ろに、くすんだ緑色の服の女性が居た。
なんと言うか、緑色だった。周りの木々にとけ込みそうな程に緑色だった。
服だけでなくこれまた深緑色のたっぷりとした後ろ髪を、一つの大きな三つ編みにまとめている。
「・・・何ですか?」
コウキは表面上は愛想良く話しかけるが、その笑顔の下で警戒を怠らなかった。
深夜の静けさに、何故こいつの足音を聴き取れなかったのだろう。
「あなた・・・ハクタイシティに向かわれます?この森を抜けるんですよね?」
「そうです。」
「私、独りじゃ心細くて・・・出口までご一緒させてくれませんか。」
コウキはハクタイの森の入り口に居た。


先程、ナナカマドから「明後日、コトブキシティに用がある、近くに居るのなら寄りなさい」との連絡が入った。
ビークインを見張りに、野営の準備をしていたコウキは、すぐに荷物をまとめて歩き始めた。
今夜中にここを抜け、朝一番にハクタイジムへ行こう・・・それからもう一度、コトブキへ戻ってジジイに会えばいい。
コウキは、時間を無駄にするくらいならば、予定を繰り上げ睡眠時間を削ってでもスケジュールを詰め込む性格だった。
その方がずっと心落ち着くし、その計画をこなせる実力を自負していた。

だがこの女は僕の計画を邪魔しようとする。

コウキは得体の知れない緑色の女性を、じっくり観察しながら言った。
「失礼ですが、お急ぎで?僕は今夜中にここを抜けるつもりです。
ついて来るとなると、かなり急ぎ足になりますが・・・それでもいいんですか?」
緩くだが、遠回しに、断っているつもりだった。
このおっとりと気の抜けた空気を纏った女が、黙々と一晩中自分について来れるか?
しかし意外なことに、女は和やかに笑いかけてきた。
「よかった。 ええ、大丈夫です。頑張ってついて行きますね。」
・・・余計な愛想を取り繕わず、すっぱりと断れば良かった・・・
後悔しかけたが、そんなことに費やす時間すら惜しくなり、コウキは無言で歩き始めた。



実際、女は一言も愚痴を吐かずについて来た。
コウキはわざとらしく歩を早めてみたが、まるでこたえていないようだった。
女はコウキの背後にぴったりと着き、息も乱さず静かに歩く。
静か過ぎて足音が聴こえない・・・

「一つ条件が有ります。野生のポケモンが襲って来ても黙って見ててください」
意外に足手まといにならないのなら、と、コウキは更にこちらにも釘を刺しておくことにした。
見たところポケモンを所持しているようには見えないが、どちらにしろ戦闘になる度、いちいち騒がないようにする保険だ。
女はやはり笑ったまま頷いた。

「ヒコザル、火の粉」
草むらの中から、頭上の枝から、虫ポケモンが襲いかかって来る。
弱過ぎて詰まらないが、この猿のレベル上げには丁度いい。コウキは淡々と虫達を焼き払った。
容赦ない猛攻を、女がじっと見つめる。オレンジ色の火が彼女の目の中でチラチラと燃える。
炎の向こう側には、目元の引きつった少年の、冷たい笑顔が映った。

ああ、つまらない。退屈だ。退屈だ。
早くこっち側へ来い、君。
・・・君、僕にはわかっているんだよ・・・一目見たあの夜から・・・

バサッ

鋭い鳴き声と共に、煙に紛れてヤミカラスがコウキに奇襲をかけてきた。
しかしコウキは眉一つ動かさず、別のボールを取り出す。
「焼き落とせ!」
ボールの中から光が瞬いた。青みを帯びた白光の雷だ。
雷に当たって、空中のヤミカラスは弾き落とされる。その墜落した影にトドメを刺すように、ボールから出て来た獣が闇へ飛び込んだ。
獣は残骸の首根を咬み、獰猛に振り回す。
「もういい、戻って来い、レントラー」
トレーナーの呼び声に、素早く獲物を離し、四つ足が駆け戻って来た。
黄色い毛並みに黒いたてがみのレントラーが、闇から浮かび上がった。

凄惨な光景を、女は身じろぎもせず、黙って見守った。



森は長かったが、夜が白む前に、二人は出口へと辿り着いた。
「この先の池を越えて少し歩けば、ハクタイシティですよ。」
コウキはにっこり笑って、後ろを振り返る。
緑色の女は殊更ぼんやりと存在感薄く、佇んでいた。
「どうも有り難うございます。」
深くお辞儀をし、上げた顔は影がかかり表情が見えなかった。
けれども少しも怯えた様子はなく、二つの目がしっかりとコウキの目を捉えているのを感じる。
コウキは目を細めた。
森の中でまでバトルを仕掛けて来る酔狂な輩どもも、自分が連れるポケモン達のただならぬ強さに、恐れを為して目をそらす。
この女は本当に独りで森を抜けるのが怖かったのか?

「それじゃあ。」
女は最後まで足音を立てずに、コウキの横を通り過ぎ消えて行った。

コウキは一息置いてからすぐに後を追うよう森を出たが、目の前の道は見晴らしが良いにも関わらず、女の姿はどこにも見えなかった。
夜が明ける。





























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