-クロガネ炭坑-





ポケモンセンターは、手持ちのポケモンの回復だけではなく、トレーナーの宿泊所としてもサービスを展開している。
二人はそれなりに野宿も想定した持ち物を揃えていたが、道中には主にこれを利用させてもらうつもりで出て来た。


元気になったナエトルを早速ボールから出し、ジュンは嬉しそうにじゃれ合った。
「ようし!早速行くかジム! と言いたい所だけど」
ジュンはくるりとヒカリの方に振り返り、頭を掻いた。
「ジムは夜もやってるのかな・・・?」
言われてみればそれは疑問だが、そんなことよりヒカリは気になっていたことを呟いた。
「疲れてないの?」
無駄な動きも指示も消費もしないヒカリと違って、トレーナー自らも転がり回り戦闘に参加してしまうジュンは、相当体力を消耗しただろう。
既に靴も髪の毛もドロドロである。
なのに本人はあっけらかんとして
「別に?」
と答えた。
そもそも必要がなければ自室すら出ないヒカリと違って、ジュンは野猿のように外を駆けずり回って遊び育ったのだ。
拒食がちで不眠がちの不健康極まりないヒカリとは、真逆を行っている。

「でも流石に、ポケモン持ったばかりで挑戦するのは無謀かな・・・」
ジュンの珍しい発言にヒカリは返した。
「・・・少し、落ち着いて外を歩いてみない?」
ヒカリが外を歩きたいなどと、これまた珍しい発言に、ジュンは目を白黒させた。



折角なので、二人はすぐ裏にあった炭坑博物館に行ってみた。
とは言えものの5分もせずに、ジュンは「炭坑に行きたい!」と言い出した。
博物館の前にある看板の謳い文句にすれば、してやったりだろう。

ジュンが興味を持ったのは、石炭のできる過程だった。
「石炭が植物の化石だったなんてびっくりだぜ!化石になってくとこも見れるかな?」
展示の説明をよく読んでいなかったのだろう。植物が化石になるのは何億年とかかるのだ。見れるわけがない。
それでもジュンは化石と言うロマンに目を輝かせ、バタバタとクロガネ炭坑へ入って行った。
ヒカリは相変わらずのろのろと歩くナエトルの横を歩いて、後に続いた。


炭坑の入り口は巨大な鉄骨が組まれ、レールが走っていた。このレールを伝って、トロッコが石炭を運び出すに違いない。
粗い造りの階段を下り、地下内部に降りて行くと、炭坑夫や人型のポケモン、ワンリキーが点在していた。
せっせと荷車を押したり、石炭を抱え、持ち運びしている。
振り上げたツルハシに当たらないよう周囲に注意しながら、ジュンとヒカリは進んだ。
途中ナエトルは、岩と間違えられワンリキーに持ち上げられたり、炭坑夫に踏みつけられたりと散々だった。
ジュン以上に、ナエトルの所在に落ち着かなくなったヒカリはついに進言した。
「ボールの中に戻したら?」
ジュンはあっさり、「それもそうか」とナエトルを手元に戻す。

炭坑の男達は見学者に慣れているようで、寛容だった。
ジュンがあれやこれやと質問を浴びせても、怒ることは無い。
しかしこの子供は、果ては突拍子も無いことまで言ってくるので、いささか答えに悩んでもいた。
石炭ができるまでが見たい!
俺のナエトルももしかして化石になったら石炭になるのかな?
トロッコに乗せてくれ。

ヒカリはジュンを置いて、奥へと歩を進めてみた。
一人だけ雰囲気の違う男が居るのに気づく。
その若い男は他の炭坑夫らと違って、赤いヘルメットを被っていた。
「イシツブテ、いわくだき!」
男の傍らに居たイシツブテが、大きな岩を粉砕した。
飛び散って来た破片に、ヒカリは顔を覆った。粉塵で目がチクチクする。
男が気づいて駆け寄る。
「大丈夫かい?!」
男の、軍手をはめた手がヒカリに伸びた。
ヒカリは手をサッと避け、後ろに下がる。
「平気よ」

なんだろう。
一瞬だけ、コウキに似た鋭さを感じた。

土煙の先の男は、眼鏡をかけていた。
男はホコリに汚れた眼鏡を外し、レンズをこすってまたかけ直した。
「ごめんね、まさか側に人が居たなんて、不注意だったよ。」
にっこりと笑うと、さっきの鋭さなど微塵も感じない、ただの優男だった。
ヒカリはイシツブテに目をやった。
男は視線に気づき、見学者として扱う慣れた口調で説明した。
「イシツブテ、僕のポケモンだよ。さっきの技で仕事を手伝ってくれるんだ。
君もポケモン好きかい?頼もしいよね。」
ヒカリは男に視線を戻す。
男は更に続ける。
「ああ、自己紹介が遅れたね、僕はヒョウタ。この町を束ねてるジムリーダーなんだ。」
「あなたがジムリーダー?」
ヒカリは内心驚くと同時に、さっきの感覚に納得した。
成る程、つまりは強いのだ。
ヒカリの反応に、ヒョウタは頷く。眼鏡の奥の目が嬉しそうに笑った。
「もしや君はトレーナーかな。僕に挑戦しに来たのかい?」
自信に満ち、挑発的にもとれる態度だった。
ヒカリは、自分が高揚してることに気づく。
さっきのような、血が冷える感覚を、この男は持っている。今は隠していても、バトルになればきっとコウキのように・・・

それでも、頭の中の別のところでは、他人事のように観察している自分もいた。

「・・・いいえ。私は貴方には興味無い」
ヒカリの言葉にヒョウタは瞬きをして、優しい顔つきに戻った。
「そうか。でも、『私は』ってことは別の誰かが居るのかな?」
「ええ。・・・ところで、何故私を挑戦者と思ったの?」
ヒカリは確信していることを、わざわざ訊いた。
ヒョウタはヒカリの目を見つめ、気持ちを読み取ろうとしていた。真っ直ぐに捉えたまま、腕組みをする。
「・・・昨日、物凄く強い男の子が来たんだ。」
「でしょうね」
ヒカリの言葉に、ヒョウタがニヤリと笑った。
「君くらいの年頃の子供は、ジムに来ないわけではない。むしろ多いくらいだ。
けれども妙に落ち着いて、気持ちが読み取れない不思議な子だった。君みたいにね。」
最後に付け加えられた言葉に、ヒカリは少なからずショックを受けた。
似ているのか、私とコウキは。

『君はなんだか、僕と同じような気がする』

コウキの目の中の、底なしの黒が焼き付いて離れない。
うつむいたヒカリの心情を知ってか知らずか、ヒョウタは続けた。
「天才としか言い様が無いトレーナーだったよ。あの歳であの鍛え方、的確で隙の無い指示!
君の友達かい?」
ヒカリは視線だけを上げて
「知り合い」
と答えた。
ヒョウタはそれにも特に驚かず、にっこりと笑った。
「素晴らしく強くはあったけど、無駄を全部省いたようなあの言動は少し、ね。
それでも僕は負けちゃったからバッチを渡さざるを得なかったけど。」
「?」
言い回しに違和感を感じ、ヒョウタと目を合わせようとしたが、ヒョウタはヒカリを通り越した先に話しかけた。
「君が挑戦者かい?」
ヒカリが振り向くと、ジュンが立っていた。

顔に影がかかり、表情が見えなかった。

ジュンは一瞬間を置いて、暗がりから側へ寄って来る。
ヒョウタのヘルメットに付いたライトに照らされた顔は、むすっとしていた。いつものジュンと変わらぬ、喜怒哀楽のハッキリした顔だ。
「ヒカリ!はぐれちゃだめだろ!」
サッと手を伸ばし、ヒカリの手を握ると、今度はヒョウタに向かって言う。
「俺、明日ジムに挑戦しに行くよ!」
ハキハキとした声に、ヒョウタは目を瞬き、また笑顔になった。
「いつでもおいで。僕も明日はジムに居るよ。」




ジュンはその夜、ナエトルとムックルを連れ、寝静まったポケモンセンターを出た。
炭坑は夜中もライトに照らされ、人が動き回っている。
ジュンは見学時に仲良くなった炭坑夫らに頼み、バトルの相手をしてもらった。
男達はジュンのやる気と根気に好感を持ってか、仕事の合間に交代しながらトレーニングを手ほどきした。

「まだまだ!」

ムックルがワンリキーを翻弄するようにジグザグに飛ぶ。
汗をかきながらポケモンの動きに合わせて走るジュンを、炭坑夫達が応援する。
後をつけて来たヒカリは、階段の上からその様子を見ていた。
自分の手の中のモンスターボールを覗く。
暫く考え込んでから、ヒカリはポッチャマを外に出した。
ポッチャマは戦闘以外で呼び出されたことに挙動不審になるが、ヒカリに呼ばれると、足元に駆け寄る。
ヒカリはまた暫く、ポッチャマを見つめて考え込んだが、ポッチャマを抱き上げ階段に座り込んだ。
膝に乗せたポッチャマの頭を撫でつつ、ヒカリはジュンを眺め続けた。























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