-シンジ湖-





道中、ジュンは楽しそうであった。
急に立ち止まり、振り返ると
「ヒカリ、はぐれたらいけないから手をつなごう」
片手をずい、と差し出した。
ガリガリにやせ細ったヒカリの右手が、ジュンの血色の良い左手を掴む。
ジュンの手は血が通っていた。
暖かい手の平の感触に、ヒカリはじっと目を落とした。
「行こう」
優しく握り返され、ヒカリは顔を上げる。
口元が笑んでいるのを見て、ジュンは更に浮かれたように大股で歩き出した。
ヒカリは引きずられるような体勢になりつつも、薄ら笑いでついて行く。



木々が途絶え、視界が開けた。
ジュンがヒカリを連れて来たのは、近場のシンジ湖だった。
あまりの近さにものの10分で到着してしまったが、ジュンは大冒険を終えたかのように「ついに辿り着いたぜ!!!」と叫んだ。
水の匂いはするのに、水の音が聴こえない。
ヒカリは空を見上げた。
月が隠れている。足元がよく見えない。

「あれ」
一歩先で、はしゃいでいたジュンが不意に呟く。
ヒカリもその先に視線をやると、湖の淵らしき所に人影が見えた。
「誰だよこんな夜中に・・・懐中電灯くらい持ってないと危ないよな」
余計な心配に「私達もね・・・」と返すが、彼は聴かずに人影の方へと近づいて行く。
ヒカリも後を追い、湖へ近づく。水と岸の境がハッキリ見え始めた。

「・・・どうですか、4年ぶりのシンジ湖は」
声変わりのしていない、しかし落ち着いた男の子の声が聴こえた。
人影は2つ。大人と、ヒカリ達くらいの背丈の少年だった。
「シンオウは珍しいポケモンが多い・・・」
大人の方の声は低く、威圧されるような空気を持っている。
ジュンが立ち止まり、ヒカリも立ち止まる。
「よく考えたら・・・」
振り向いたジュンが、声を殺して耳元で囁く。
「こんな時間にこんな暗い所にいるなんて、危ない奴らだったりして」
ヒカリは無言でジュンを見、間を置いて
「私達もね」
と言った。

その言葉に、少年は気がついたように頭だけ振り返った。
帽子のつばの奥から覗く目に、寄り添う二人の子供が映る。
冷たい目だった。

「・・・・博士、そろそろ行きましょう。長旅で疲れてるでしょう」
少年はジュンとヒカリから視線を外し、傍らの大人に声をかけた。
大人も二人に気づき、少年に従うように振り返る。
真っ白な髪に、真っ白な髭を蓄えた、初老の男性だった。
男性は、はじかれたように道を開けたジュンの横を「失礼」と会釈し通り過ぎて行った。

「なんかおっかない顔してたな」
後姿を見ながら呟くジュンとは逆に、ヒカリは遅れて歩き始めた少年を見つめる。
雲が晴れ、月が湖を照らす。
赤いハンチング帽、赤いマフラーを装い、黒髪の少年が浮き出た。
少年は同じく明るみに照らされたヒカリに、目を細めた。
が、それも一瞬で、すぐさま足早に男性の後を追う。
すれ違い様に彼も会釈をしていったが、先程の視線のようにどこか冷たさを感じる態度だった。


「・・・」
いつまでも少年の背中を見送るヒカリをチラと見やり、ジュンは湖の方へと歩んだ。
出鼻を挫かれたせいかつまらなさそうに草むらを蹴る。
と、その先に鞄が起き去られて居るのを見つけた。さっきまで、少年らが居た水辺である。
ジュンは途端に元気を取り戻して、
「おいヒカリ!見ろよ忘れ物だぜ!」
と、なんとも嬉しそうに叫んだ。

いったい何がそんなに楽しいのか。
ヒカリがその声に反応し、のろのろと草むらに足を踏み入れると、突然

ビュン

「!」
何かに二の腕をかすめられ、ヒカリはバランスを崩し転んだ。
急に倒れたヒカリにびっくりし、ジュンは鞄を投げ捨てた。鞄は地面に叩き付けられ、中身が飛び出す。
「ヒカリ!!!!」
駆け寄り、そのまま勢い良くかがみ込み、ヒカリの肩を掴んでまくしたてた。
「どうしたんだよ!お前ちゃんとご飯食べたのか?!食べろっていつも言ってるだろー!!」
「違う、何かが」
顔にかかった髪の毛を払いつつ、ヒカリは草むらを睨む。
ジュンはヒカリを庇うように背に隠し、辺りを見回した。
「上!」
ジュンよりもヒカリが先に、上空の物体に気がつく。
ヒカリを襲って来たその素早い物体は、鳥だった。

ビュン

「うわっ」
ヒカリの頭を抱え、ジュンは咄嗟に伏せる。
「ヒカリ、大丈夫か?!」
「うん」
鳥は旋回し、再びこちらに攻撃をしかけようとしていた。
「くそぉ、よくも・・・」
拳を握りしめ立ち上がろうとするジュンの服の裾を、ヒカリが引く。
「あれポケモンでしょ?逃げましょう」
「やだ!一発ぶん殴らないと気がすまない!」
「でも私達何も持ってない」
その言葉に、ジュンは地面の石を掴む。
と、その先に視線が行く。さっき自分が投げ捨てた鞄から、モンスターボールが転がり出ていた。
「・・・!」
ジュンは石から手を離し、モンスターボールを掴んだ。
鳥の鳴き声と、羽ばたきが背後に迫る。
「行け!」
ジュンは振り向き様にボールを投げつけた。
中から緑色の亀のようなポケモンが飛び出し、その勢いのまま鳥に体当たりを喰らわせる。
ギャッ、と鋭い叫び声が響き、鳥が落下していく影が見えた・・・

バサッ

墜落した影は動く気配は無い。
呆気なさに呆然としながら、ジュンは自分が出したポケモンの側に駆け寄った。
ジュンの頭程しかない小柄なその亀もまた、ぼんやりと自分が倒した鳥の方を見ていた。
「すごい。本当に一発殴ったわね」
座り込んだまま、ヒカリは驚いて呟く。
と、別方向からまたもや風を切って、羽ばたきが迫った。

「!」

ヒカリは湖の方を振り返りつつ、ジュンと同じく、鞄の脇に転がったボールをつかみ取った。
ジュンが気づくと同時に、ヒカリの手の中のボールが光る。
青い影が飛び出し、湖の上を飛ぶ鳥を迎撃した。

バシャッ

何かが水面に落下した音がした。
「ヒカリ!もう一匹居たのか?!」
亀を抱えたジュンが駆け寄ると、ヒカリもようやく立ち上がり、手の中のボールを見せた。
「私も勝手に使っちゃったわ」
ヒカリの冷静な態度にジュンは、一瞬きょとんとするも、いつも通りの笑顔を取り戻す。
水面が揺れ、何かが岸に這い上がる音がした。
見やると、先程ボールから出て来た青いポケモンがヒカリの足元に駆け寄って来た。
こちらも小柄で、ヒカリの膝丈程しか無い。見てくれはペンギンに酷似していた。ぷるぷると身震いし、水をはらう。
「冷たいじゃない」
「まぁまぁ。こいつのお陰であの鳥ポケモン倒せたんだし感謝しようぜ」
なだめるジュンを無視し、ヒカリは鞄に目を落とす。
「・・・返さないとね。」
ヒカリの足元の青いポケモンは、ジュンに抱えられている亀を羨ましそうに見ていた。
ヒカリはその様子に気づかず、そもそも見ようともしなかった。

「おや」
声に二人が振り返ると、森の方から、先程の赤い帽子の少年が姿を表した。
少年は緑と青、2匹のポケモンを確認するとよく通る声で言った。
「使ったのかい?」
ジュンが、バツが悪そうに「仕方無かったんだ」と言う。
少年はしばし、二人と二匹を見やり、
「さては野生のポケモンに襲われたね」
と、言い、微笑した。
意外な反応に拍子抜けした表情のジュンと違い、ヒカリはじっと少年の目を見る。
少年は屈託なく笑い「それはしょうがない」などと言いつつ、最後に一瞬ヒカリに視線をやる。
瞳の中に無表情のヒカリが映った。
「一緒に来てくれるかな。博士の所に行って事情を説明しよう。
僕がここに忘れていってしまったのがいけないんだしね。」
鞄を拾い、少年がニコリと笑う。

ヒカリは、それが作り物の笑顔であるのを察した。
























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